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遺言

その遺言書、使えないかも——現場で見た「無効・もめた自筆遺言」の落とし穴

2026年6月22日by 代表 髙岡宏

その遺言書、使えないかも——現場で見た「無効・もめた自筆遺言」の落とし穴

自筆の遺言は手軽で有効な選択肢ですが、遺言には「形式」と「中身」という二つのハードルがあります。形式は法務局の保管制度で越えられても、不動産の特定、よかれと思った均等(共有)相続のリスク、受け取る人が先に亡くなる場合への備えといった中身のハードルは別の専門家が要ります。司法書士が登記実務の視点で解説します。

自筆の遺言は、手軽で有効な選択肢です。ただ、遺言には二つのハードルがあります。「形式」のハードルと、「中身」のハードル。形式を越えても、中身でつまずく遺言を、現場では見かけます。

「書けば安心」とは限らない

自筆で遺言を残すこと自体は、よい選択です。費用もかからず、思い立ったその日に書けます。それでも私たちの実務では、せっかく書いた遺言が中身のために使いにくくなっている例に出会います。形式は整っているのに、です。

ひとつ、たとえ話を。紙とペンさえあれば、家の設計図は描けます。けれど多くの方は、自分でマイホームを設計しようとはなさいません。何が適法な建物かを知らないまま設計した家には、安心して住めないからです。遺言も、これと似た面があります。

ここで押さえたいのは、遺言には二つのハードルがあるということ。一つは「形式」、もう一つは「中身」です。形式は制度で越えられますが、中身の実現性までは越えさせてくれません。この記事では、その「中身の落とし穴」を整理します。

私たちが相談を受けた中にも、こんな例があります。法務局の保管制度を使い、形式の不備もなく無事に受理された——ご本人は「これで安心」と考えておられました。ところが文面には、「自宅は長男に管理させる」と書かれていたのです。

「管理させる」という言葉は、家を託したいという気持ちこそ伝わりますが、所有権を長男に移す言葉ではありません。相続登記は、「相続させる」「遺贈する」といった、誰に権利を帰属させるのかが明確な文言があってはじめて進みます。「管理」では、登記官はその不動産を長男名義に移す登記をすることができないのです。

形式は完璧でした。それでも、たった一語の選び方で、肝心の名義変更ができない。保管制度が守ってくれるのは外形だけなのだと、この一件はあらためて教えてくれます。

第1のハードル「形式」——今は越えやすくなった

自筆証書遺言は、本文の全文・日付・氏名を自書し、押印することが要件とされています(民法968条1項)。よくある失敗は二つ。日付を「令和7年8月吉日」と書いて日が特定できず無効とされた例、本文をパソコンで打ったり代筆したりした例です。夫婦が連名で1通に書く形も、原則として認められません。

ただし、この形式のハードルは、今はかなり越えやすくなりました。法務局の保管制度では、自書・日付・押印・用紙の規格といった外形を確認し、不備があれば預かりません。本当の問題は、この先にあります。

公正証書なら万全か——形式は越えても中身は別

形式を確実に越える方法が公正証書遺言です。ただし公証人の役割は遺言を適法な文章に整えることが中心で、その後の不動産登記や税務上の扱いは専門の外にあるとされています。費用や作り方は公正証書遺言の作り方と費用で解説しています。一人で中身を考えて公正証書にすると、形式は越えても中身のハードルは残ります。

第2のハードル「中身」——制度も無料も越えさせてくれない

ここで誤解を解いておきます。法務局の保管制度がチェックするのは外形だけです。遺言の内容が有効か、書いた人に十分な判断能力があったか、その内容が実際に実現できるかは、一切審査されません。

つまり、保管の手続きを通ったことは「形式が整っている」証明にはなっても、「中身まで大丈夫」の保証ではないのです。中身のハードルを、三つに分けて見ていきます。

落とし穴その一——「すべて妻へ(夫へ)」が、二次相続でつまずく

夫婦のどちらかが、まず配偶者にすべてを遺す——「残された妻(夫)が困らないように」という、ごく自然な選び方です。実際、配偶者には手厚い保護があり、最初の相続(一次相続)では税の負担も大きく軽くなる仕組みが用意されています。

ところが、ここで見落とされがちなのが二次相続です。二次相続とは、その配偶者も亡くなり、財産が子へと移る二度目の相続をいいます。最初にすべてを配偶者へ集めると、その財産はやがて二次相続でまとめて子に承継されます。このとき、配偶者ならではの優遇はもう使えません。

私たちの経験でも、一次相続で「すべて配偶者へ」とした結果、二次相続で子が思いのほか重い税負担を抱えた、と感じる場面は少なくありません。どう分けると有利かの具体的な判断は税理士の領域ですが、「配偶者にすべて」と書く前に、二次相続まで見据えて考える価値は十分にあります。

そして、これは税だけの話ではありません。配偶者にすべてを集めれば、その不動産は次の相続でもう一度、子どもたちの話し合いに戻ってきます。一次相続で先送りにした論点が、そのまま二次相続に積み残されるのです。クロニクルは司法書士・土地家屋調査士の事務所として、一度きりで終わらせず「次の相続まで見据えた名義の設計」をご一緒します。

私たちがお手伝いした中にも、お父様が「すべて母に」と遺言を残し、形式にも不備がなかったのに、その母が亡くなったときに結局きょうだいでの遺産分割協議で分け直すことになったご家族がありました。最初の遺言は、二次相続のことまでは引き受けてくれていなかったのです。せっかく遺言を残したのに、最後は話し合いに戻る。しかもその協議には、判断能力の衰えた相続人がいれば成年後見が必要になり、関係がこじれていればまとまらず、行方不明者がいれば家庭裁判所の手続きが要る——遺言で道筋をつけておけば避けられたはずのリスクが待っています。一次相続で配偶者にすべてを集める選び方は、これらを次の世代に先送りしているのと同じなのです。

落とし穴その二——「均等に」が、かえって実家を動かせなくする

子どもが複数いる方ほど、悩まれます。一人を贔屓するわけにはいかない。だから自宅などの不動産も「均等に」、つまり共有で相続させる——親心として自然な選び方です。

ところが、不動産を共有にすると思わぬ縛りが生まれます。売却・賃貸・建て替えといった重要な処分には、原則として共有者全員の合意が必要になるとされています。一人でも反対すれば、その家は動かせません。

そして見落とされがちなのが、時間の経過です。遺言を書いた時点では兄弟仲がよくても、効力が生じる頃には関係が変わっていることがあります。仲がこじれていると、自宅を売ろうにも全員の合意が取れず、空き家のまま手をつけられなくなる——こうした例を現場では見かけます。

「均等」は公平に見えて、不動産では「全員が一致しないと何も決められない状態」を作りかねません。動かせない実家がたどりつく先については、空き家になった実家の名義変更のコラムもあわせてご覧ください。

落とし穴その三——渡す相手が、自分より先に亡くなったら

三つめは、順番の問題です。「自宅を長男に相続させる」と書いても、その長男が遺言者より先に亡くなったら、どうなるでしょうか。

このとき、原則としてその部分の遺言は効力を生じないとされています。長男の子(孫)が自動的に引き継ぐとは限らず、結局その財産は遺産分割協議に戻り、遺言を書いた意味が失われかねません。

ここで効くのが、予備的遺言(補充遺言)です。「長男が先に死亡していた場合は孫の〇〇に相続させる」といった条項をあらかじめ入れておく書き方をいいます。

こうした条項の必要性は、自分一人ではなかなか気づけません。公正証書遺言であれば、公証人が予備的条項の要否に気づいて備えてくれることが多い領域とされています。中身のハードルこそ、専門家の関与が効く典型例です。

あなたの遺言、ここをチェック

  • 本文は全文を自分で書いたか
  • 日付は具体的な年月日か(「吉日」はNG)
  • 氏名の自書と押印があるか
  • 書き直しや訂正は正しい方法で行ったか
  • 不動産は地番・家屋番号で特定したか
  • 預金は金融機関・支店・口座まで書いたか
  • 不動産を安易に共有(均等)で相続させていないか
  • 受け取る人が先に亡くなった場合の備え(予備的条項)はあるか

一つでも不安があれば、書き直しや専門家への相談を検討してみてください。すでに書いた方も、見直しに遅すぎることはありません。

誰に相談すればいい?——士業の役割

  • すでにもめている/もめる可能性が高い案件は、弁護士(代理人)へ。
  • 相続税がかかるか、財産の評価はどうかは、税理士へ。
  • 公正証書の遺言を作るなら、公証人が作成します。
  • 司法書士(クロニクル)は、紛争性のない場面での遺言書作成の支援、財産の特定の支援、法務局への保管申請のサポート、相続登記、遺言執行者への就任などをお手伝いします。

司法書士がお引き受けできるのは、争いのない場面での作成支援です。もめている・もめそう、あるいは税金が絡む場合は、弁護士・税理士の出番です。

もう一つ。同じ司法書士・税理士でも、力を入れている分野はそれぞれ違います。遺言や相続をふだん多く手がける専門家なら、こうした中身の落とし穴にも気づいてもらいやすく、安心です。

まとめ——その遺言のリスクを引き受けるのは、残される家族

遺言には、形式と中身の二つのハードルがあります。自分で作れば費用は抑えられますが、抑えたつもりのコストが、長い目で見れば相続人に重い負担として残ることもあります。

そして見落とされがちなのが、責任の所在です。遺言の効力が生じるとき、書いた本人はもういません。そのリスクを引き受けるのは、残された家族です。だからこそ、自筆を選ぶなら書いたら一度中身を見てもらう。不動産があるなら公正証書も選択肢に入れる。その段階的な備えが、残される人への思いやりになります。

遺言を書く前段の整理には、エンディングノートとの違いを扱ったエンディングノートと遺言書のコラムも参考になります。

あなたの遺言、その不動産は「地番」で書かれていますか。よかれと思った「均等に(共有で)」が、関係しだいで実家を動かせなくしてはいませんか——その一行の差で、残される家族の手間は変わります。クロニクルでは、書いた中身の見直しも、これから書く方の最初の整理も、生前対策コンサル——ご家庭ごとの財産と分け方の論点を洗い出す、いわばご家庭の健康診断——として承っています。まずは現状の整理から、お気軽にご相談ください。

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